薬食同次元
キハダの実のこと

雨あがりの朝、山々の濃い緑の間に立ち上る霧が美しい木曽谷です。今年は青梅のシロップ漬けを作りました。梅シロップの爽やかな酸味が、梅雨のじめじめとした時期の体調を支えてくれ、先人の知恵の有難みを感じています。
「キハダの実」が生り始めました。青梅のように爽やかな緑色のキハダの実が枝葉の間に見えるととてもうれしくなります。キハダの実について詳しくご紹介します。
(写真は左がキハダの実、右が山椒の実。いずれも日野製薬本社にて撮影)
キハダの実について ~雌の木に2年に1度程度しか生りません~
キハダの実をご存知でしょうか?青い実の頃は、山椒とよく似た雰囲気をしています。キハダは6~7月に小さな黄緑色の花を咲かせます(花の詳細はこちら)。花の時期が終わると、緑色の実が生ります。
キハダの実は、最初は2~3mm程度の大きさですが、夏にかけて徐々に大きくなり、最終的には10mm程度になります。形は丸く、かわいらしいです。生り始めの若い時期はもちろんですが、秋になると、はち切れそうな、いわゆる「ぱつんぱつん」の丸さとなり、とてもかわいらしいです。生り始めてから成長している間は緑色ですが、秋になると茶色味を帯びます。初冬を迎える12月には完全に熟して黒くなり、表面はしわしわとなります。この頃のキハダの実は、見た目が黒胡椒によく似ています。
キハダは樹高20m程度になる高木のため、実も高い位置に生ります。よくよく見ないと見えませんが、目を凝らすと丸い実が沢山生っている様子を目にすることができます。キハダは雌雄異株であり、雄花と雌花が別々の個体に咲きます。実は雌の木にしかなりません。また隔年結実の傾向があり、2年に1度程度、実をつけます。キハダの実はとても貴重です。
キハダと山椒は兄弟分 ~ぴりりとした味も似ています!~
上記の通り、キハダの青い実は、山椒とよく似た雰囲気をしています。キハダも山椒も同じミカン科です。似ているのも不思議ではありません。
「山椒は小粒でもぴりりと辛い」と言いますが、キハダの実もぴりりと辛いです。特に青い実の頃は、刺激が強く、口に含むとぴりぴりとした辛みが、最低1時間は持続します。夜まで持続するという人もいます。天然の清涼菓子のようです。
一方、秋から冬にかけて熟すと、甘みを帯び始めます。ただし甘いと言っても、ほんの少しだけです。実を噛むと、ミカン科らしい柑橘系の苦味がして、その奥に若干の甘味がして、最後にぴりぴりとした辛味が残ります。苦味とぴりぴり感の方が勝ります。
キハダの実を割ってみる
青いキハダの実を包丁で半分に割ると、しずく状の白いものが見えます。キハダの分果の初期段階なのでしょうか、種になる前の段階なのでしょうか。
キハダの分果は5個でおのおの1個の種子があるとされています。冬のキハダの実から種を取り出すと黒色をしています。青い実の時点ではまだ黒い種は見えません。
今回割ってみたキハダの実には、分果と思われるものが4個のものと5個のものがありました。断面図からミカン科らしい雰囲気が伝わると思います。



キハダの実の用途
◎苗木を育てる
弊社では、本社のキハダの木に生る実は冬に収穫し、種を取り出して、育苗しています。キハダの実は房ごと地面に落下することが多いです。2年に1度の生り年の12月、本社敷地内では車の運転にも要注意です。朝一番に出勤する社員は、タイヤで実をつぶさないように気をつけて運転し、落ちている実を拾います。本社の社屋内に段ボールを置き、拾った実は全てそこに広げて乾燥させ、翌春の節分が過ぎた頃、育苗農家の方へお渡しします。育苗農家の方は、種を取り出し選別の上、春に播種し、秋までに立派な苗木を育ててくださいます。その苗木は翌年のキハダ植樹に用いています。
◎食用にする
日野製薬の本社のある木祖村では、キハダの実を使って「キハダ餅」をつくる風習があります。キハダの熟した黒い実を煮出して、エキスを取り出し、砂糖と米粉やもち米、そば粉を加えて餅にします。柑橘系のほんのりとした苦味と甘味、香りのするキハダ餅はとてもおいしいです。ご年配の方に伺うと、昔は貧しかったからそういうものを食べた、とおっしゃる方が多いですが、今となってはかえって豊かで貴重な食文化のように感じます。
また、北海道のアイヌ民族には、キハダの実をスパイスのように用いる食文化があるそうです。今年の春訪れた北海道白老町の国立アイヌ民族博物館には、キハダの実であるシケレペを用いたラタシケプという煮物の写真展示がありました。おいしそうで一度食べてみたいと思います。
◎お香にする
育苗や食用にするのは古くからの利用方法です。弊社独自の新たな方法をご紹介します。キハダの樹皮である生薬オウバクは百草・百草丸の主成分です。国内産のオウバクが年々希少になっていることから、弊社ではキハダの皮むきを実施しています。キハダの皮むきの適時は6~7月の梅雨時です。弊社では雌の木は、可能な限り皮むきの対象とせず残すようにしていますが、どうしても伐らなくてならないケースがあります。このようなケースにおいて、倒したキハダの木に実が生っていることがあります。その青く、美しい実を何かに役立てることができないかと考え、開発したのがお香です。
キハダの青い実は、柑橘系のさわやかな良い香りがします。冬のキハダの実よりも、より清涼感あふれる香りがするものと思われます。それを用いてできたお香シリーズが「きはだ香」です。キハダ皮むきの時に、たまたま雌の木を対象とせざるをえず、たまたまそのキハダが2年に1度の生り年を迎えていた場合のみに、青い実を収穫することができます。このため、量を採ることができません。「きはだ香」は本当に希少なお香です。
キハダの実は冬鳥の重要な食糧
キハダの実は、ツグミなどの冬鳥の貴重な食糧でもあります。雪が降り、地上に食べ物が見つからなくなる頃、冬鳥が懸命にまだ枝に残るキハダの実をついばむ様子が見られます。
木祖村では、昔は11月下旬には初雪が降り、12月には積もっていたそうです。木祖村に住むご年配者の方から、昔は12月に雪が積もると、長い棒などを使ってキハダの木から実を落として収穫していた、白い雪の上に黒い実が落ちるから、よく見えてよく収穫できた、と伺ったことがあります。今は雪が積もるのは1月以降です。しかし12月末に木に残っているキハダの実も、年が明けると、冬鳥によって全てつんつるてんに食べられてしまいます。キハダの実の収穫は、冬鳥との競争です。年末にしなくてはなりません。しかし弊社では、冬鳥の食糧にするため、全ての実を収穫せず、一部を残しておくようにしています。共存共栄も大切です。
冬鳥は、キハダの実を消化して糞として落とします。ここから天然のキハダが育ちます。大切な自然の巡りの一部です。
安曇野からキハダの便り
先日、安曇野市に住む方から「キハダがあるよ」と本社にお電話をいただきました。弊社は昔、キハダの苗木を近隣の方々に配っていました。それを植樹いただき育ったものだそうです。社員が早速現場へ行くと、とても大きなキハダが育っていました。今まで見た中で一番大きいですよ!と興奮気味に現場から連絡が来ました。5本お渡しした苗木中3本が大きくなったとのこと。それ以外にご自身で2本植えられ計5本のキハダの大木が育っていたそうです。昔JAに勤務されていたという所有者の方は、幼木の時に肥料をやってくださったそうです。大きく育てていただいたことをとても有難く思いました。
そのキハダに実がなっていました。まだ青い実ですが、一房持ち帰らせていただき拝見すると、サイズがとても大きくて驚きました。同じ長野県内でも木曽よりも安曇野の方が季節の進みが早いですが、それにしても大きいです。測定すると既に10mmありました。そしてレモン型をしていました。キハダの実は通常丸い形をしていますが、時折、楕円形のものもあります。しかし、今回のキハダの実は、格別に尖っているように見えました。生命力あふれる元気な様子に感激しました。
更に、驚いたのは食べてみると、とてもみずみずしいかったことです。水分を多くふくみ、ミカンの青い物を食べたような感じで、ぴりぴりとした独特の辛味もあまりありませんでした。
同じ方が山椒の実もくださったため、冒頭と下のキハダと山椒のツーショットが実現しました。大きい方がキハダ、小さい方が山椒です。並べてみるとキハダの方が山椒よりだいぶ大きいです。そしてキハダの実の表面はつるつるしていますが、山椒の実はイチゴの表面のようにつぶつぶしていました。

キハダから学ぶ
隔年結実の傾向があるとされるキハダですが、安曇野のキハダは毎年実が生るとお話いただきました。木曽でも、毎年実が生るキハダをみかけたことがあります。一方、弊社本社のキハダは、きっちりと2年に1度、実が生ります。また不思議なのは、近くに生えているキハダは生り年が合致することです。キハダは虫が、雄花から雌花に花粉を運んで受粉するため、恐らく同じ時に花を咲かせた方が、効率が良いのだと思います。木同士が、お互いに話し合っているのではないかと想像してしまいます。
生り年において、実の量はとても大量の時と少ない時と様々です。昨年、弊社本社のキハダは生り年でしたが、酷暑のせいかあまり生りませんでした。本社から徒歩5分位の場所にも生り年が同じキハダがありますが、昨年はほとんど生りませんでした。
また、雌雄異株のはずのキハダですが、弊社本社の雄のキハダには、ほんの一房だけですが実がなったことがあります。雄花が咲くことを毎年確認しているキハダのため、大変驚き目を疑いました。その実は大切に保管しています。
キハダの様子を観察しながら日々を過ごすと、季節の巡りやその年の気候などに応じて、様々な変化があります。その変化が面白く、驚かされ、キハダの魅力だと思います。人間も同じように、もっとおおらかで気のむくままに生きても良い、季節はもちろん、仕事や勉学の忙しさやストレスの状況、体調などに合わせて、自分の身を大切に無理なく過ごしたら良いと気づかされます。今回はキハダの実について知っていることを全てとりとめもなく、詳しくご紹介しましたが、今後キハダの他の部分についてもご紹介していきたいと思います。キハダの木にはいつも学びをいただき、有難く感じています。
日野製薬株式会社
代表取締役社長 石黒和佳子
出典:
長野県林務部「有用広葉樹造林の手引き(平成12年増補)」(2000)
長野県「長野県の特用林産物 ―キリ、ウルシ、キハダについて―」(1980)
長野県林業指導所「キハダ林造成技術」(1980)
写真:
いずれも日野製薬本社において筆者が撮影


