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生薬の話

日本民藝館を訪ねて

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 雨後の緑がひときわ濃く、みずみずしい山の風景が広がっています。サッカーFIFAワールドカップ2026が開催され、日本代表選手たちの活躍から目を離せない日々です。人生をかけてこの時に臨み、優勝という高い目標を掲げて、個人ではなく組織全体のために戦う選手たちに大きな勇気と元気をいただく毎日です。

  

 さて先日、東京都目黒区駒場にある「日本民藝館」を訪れました。日本民藝館は、思想家で民藝運動の主唱者である柳宗悦(1889~1961)が、陶芸家の河井寛次郎(1890~1966)、濱田庄司(1894~1978)らと1936年に開館した美術館です。今年は、開館から 90年を迎え、それを記念した展示が行われています。訪問した際は「創設90年記念 柳宗悦と日本民藝館」展が開催されていました。

  

 漆喰の美しい白壁の本館を正面に見て、蓮の葉の緑が美しい大きな鉢の横を通り中に入ると、そこには静かで、温かな空間が広がっていました。展示されている一つ一つの作品は温かく、美しく、こちらに語り掛けてくれるような親しみ、なつかしさにあふれていました。無名の職人が実用のために作ったとされる作品は、製作年や製作者が明らかではありません。しかし、かえって作り手の製作への息吹のようなものを感じ、その背景にある当時の暮らしや製作風景まで想像させるように思いました。そして、これらの作品を丹精込めて製作し、日常の暮らしに用いていた時代は何と豊かであったのだろうと思いました。その場にずっといたくなるような、またいつか訪れたいと思うような、静謐で、豊かな時間が流れていきました。

民藝とは

 柳宗悦は、日用品の美しさに着眼し、1925年に「民藝」という新語を作り、民藝運動を始動しました。その翌年に、『日本民藝美術館設立趣意書』を発行し「時充ちて、志を同じくする者集まり、茲に「日本民藝美術館」の設立を計る」と宣言。そこから10年の歳月を経て、日本民藝館の開館に至り、初代館長に就任しました。そしてそこを拠点に日本各地の民藝品の調査、蒐集を行い、執筆活動を展開しました。

  

 柳は、民藝について、著書『民藝とは何か』の中で次のように述べています。

民藝とは民衆が日々用いる工藝品との義です。それ故、実用的工藝品の中で、最も深く人間の生活に交わる品物の領域です。俗語でかかるものを「下手」な品と呼ぶことがあります。ここに「下」とは「並」の意。「手」は「質」とか「類」とかの謂。それ故民藝とは民器であって、普通の品物、すなわち日常の生活と切り離せないものを指すのです。

 それ故、不断使いにするもの、誰でも日々用いるもの、毎日の衣食住に直接必要な品々。そういうものを民藝品と呼ぶのです。したがって珍しいものではなく、たくさん作られるもの、誰の目にも触れるもの、安く買えるもの、何処にでもあるもの、それが民藝品なのです。」

  

では、これらの民藝をなぜ特別なものとして取り上げたのか。四つの理由を挙げられていますが、その一つが下記です。

「もとより直観の前には上下の差別はありません。それが何物であろうとも、美しい物は美しく醜い物は醜いのです。」

  

 柳は晩年に記した著書『直観について』の中で、「直観とは文字が示唆する通り『直ちに観る』意味である」「見る眼と見られるものとの間に、一物をも介在させないことなのである」と述べています。若い頃からイギリスの詩人・画家のウィリアム・ブレイクを研究し、ブレイクによる「見る眼は知る心よりも勝る」という言葉に注目していたそうです。世間一般の知識、情報による先入観に惑わされることなく、物事を直に見て、その本質、核心を見届けることを重視しました。

  

 このことに深く感銘を受けました。私自身もそうですが、物事を見る時に、どうしても世論、世評や、由来、価格などに左右されてしまいます。しかし、全ての物に純粋に生身の自分として向き合い、その核心を見抜き、良いものは良いとせよ、と述べています。これは全ての物に、平等で温かな目を向け、大切にすることも示していると思います。本当に直観で良いものを良いと見届けるためには、物事の本質を見抜く力、人としての成熟、揺らぐことのない価値観が求められると思います。柳の考え方、感性、そして研ぎ澄まされた審美眼の素晴らしさに、ただただ感銘を受けました。

「民薬」の確立

 日本民藝館への訪問を前後して民藝について学ぶにつれ、「伝統薬の百草、百草丸も、民藝なのではないか」と感じました。百草、百草丸も、人が日常の生活に用いる実用的なもので、自然の素材を用いて、服用される方のご健康のお役に立つことだけを願い、無名の職人が作り続けてきたものです。家々の戸棚や鞄の中に存在し、日常と切り離せない医薬品です。最新鋭のファーマテック製品のようにAIやデータ解析を活用し、エビデンスと先端技術に基づく医薬品ではありません。それら技術進歩の目覚ましさ、素晴らしさは、言うに及びません。一方で、人類の長年の経験に基づく伝統薬の素晴らしさもあなどることはできません。長い歳月に亘り、人が人に製法を伝え、作り続けられてきたがための、本質的な、そぎ落とされた良さがあります。百草、百草丸を製造販売する立場としても、人の身体に寄り添うように効くその良さに驚かされ、自然のものの力強さ、温かみ、人為を越えた働きに感動し、畏敬の念を覚え、「良いものは良い」と感じさせられています。

  

 日常生活に近く、古くから誰もが使うありふれた存在であり「下手物(げてもの)」と呼ばれていた日用品に美しさを認め、「民藝」という新たなジャンルを確立し、光を当てた柳の取り組みは、本当に素晴らしいと感じました。産業革命による大量生産・大量消費時代の幕開けに位置していたからこそ、古来の地域特性にあふれた手仕事の技が失われていく危機感も背景にあったものと想像します。民藝運動を通して、日用品そのものだけでなく、それらが生み出された豊かな自然や文化的背景、人々の営みや精神性、そして暮らしの中で紡がれてきた手仕事の技まで含めて、未来へつなぐために尽力した柳の活動は、唯一無二の素晴らしさと、活き活きとした未来を切り開く力に満ち溢れていると感じました。

  

 このことを偉大な先例として踏襲し、伝統薬にも新たな光を当てることができないかと感じます。百草、百草丸をはじめとする伝統薬は、人の身体に作用するもののため、「民藝」ではなく、「民薬」と呼ぶのがふさわしいのかもしれません。今こそ、その素晴らしさを世に訴えかけ、気概を持ってこれらを未来へつなぐために尽力しなくてはならないと感じます。伝統薬は、今も日本各地に存在し、古くからの製法を守りながらも新たな発展を遂げ、それぞれの特色を持って、製造販売されています。百草、百草丸と同じ生薬オウバクを用いる伝統薬だけでも、奈良県の陀羅尼助、鳥取県の練熊、奈良県の三光丸、岐阜県の下呂膏など、様々な薬が存在します。いずれも人類の経験によって生み出され、天然の生薬が人の身体に寄り添うように働きかけ、人の健康を維持する唯一無二の薬です。

  

 多くの人は、人生の大半を「未病」の状態で過ごすと考えられます。未病とは「健康」と「病」の間の状態を示します。季節の巡りや、ストレス、忙しさ、年齢を重ねていく中で、胃腸の不調、抜けない疲労感、頭痛、肩こり、冷えなどの不調を感じる方も多いと思います。それは病の予兆、サインとも言えます。「健康」と「病」の間を行ったり来たりし、「未病」が「病」に傾くことがないよう働きかけるのが、伝統薬の役割の一つであると考えています。自分の身体は自分で守る、セルフメディケーションに適した薬であり、いかなる時代にも必要なものと思います。長年に亘り、これらの伝統薬をつくるために汗をかき、試行錯誤を繰り返してきた先人への感謝の念を持ち、かけがえのない経験と技の結晶として、その本質的な良さを未来の世代に継承することは、私どもの悲願でもあります。「民薬」(呼び方はそれでなくとも良いですが)を未来につなぐために、ぜひ多くの方々と手を携えて協力していきたいと思います。

健やかさな美しさ

 柳宗悦は、民藝には「健やか」な美しさがあることを述べています。素朴なもの、使い勝手が良く、用いる人の生活に溶け込むもの、自然の素材によってつくられたものは「健全な美」があるということです。健やかな物、美しい物に触れると、人の心も健やかになると思います。弊社の百草・百草丸づくりにおいても、服用いただく方の健やかな毎日をお支えし、確かな信頼をおいていただけるものとして、日常を明るく照らす存在であり続けること、「健全な美」をお感じいただける薬づくりを目指し、多くの方々のご協力をいただきながら今後も励んでまいりたいと存じます。

  

日野製薬株式会社

代表取締役社長 石黒和佳子

   

出典:

『民藝とは何か』柳宗悦(1941年)

『直観について』柳宗悦 (1960年)

『別冊太陽 日本のこころ294 柳宗悦 民藝 美しさをもとめて』株式会社平凡社(2021年)

『創設90年記念 柳宗悦と日本民藝館』パンフレット 日本民藝館 (2026年)

日本民藝館ホームページ

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