生薬の話
冬のキハダから皮をむく

桜の便りが各地から聞こえています。木曽谷では、まだつぼみがふくらみ始めた頃です。しかし今年は例年より春の訪れが早いようです。本社の根雪は、例年4月上旬まで残っていますが今年はすっかり消えてしまいました。ふきのとうが芽を出し、裏山からはキジの鳴き声が聞こえ、野山が少しずつにぎやかさを増しています。
弊社では数年前から「冬のキハダから皮をむく」ことに取り組んでまいりました。今年から、より大きな力を注ぎ取り組むこととしました。
冬のキハダから皮をむくこと
背景
キハダはミカン科の落葉高木で、その周皮を除いた樹皮である生薬オウバクは、百草・百草丸の主原料です。国内産オウバクは採取量が年々減少しています。このため弊社では、キハダ植樹、保育に加え、2021年より「キハダ一本から買います活動」を開始し、皮むきを実施してきました。キハダは、6~7月の梅雨時が皮むきの適時です。木が最も水を吸い上げ、形成層の細胞が柔らかいこの時期は、容易にむくことができます。一方で、それ以外の季節は、樹皮がびたっと材や周皮にはりつき、皮むきは困難を極めます。その難しい時期に皮をむこうなどということは、昔は考えられなかったと思います。今でも効率・収率を考慮すると一般的には回避するものと思います。
3つの理由
しかし主に3つの理由から、弊社では冬のキハダの皮むきに、全力で取り組んでいます。
①国内産オウバクの入手は今後益々困難になると考えられるため
針葉樹が多くを占める国内の人工林の現状、林業人口の減少、様々なコストの上昇、キハダが薬木であり希少になっていることは広く知られていないこと等を考慮すると、今後益々入手が困難になると考えられます。6~7月の適時にしか皮をむかない、などと悠長に構えていることのできない現実があります。
②冬の方が伐られるキハダの量が多いため
冬は林業が盛んな時期です。針葉樹林の間伐や皆伐の際に、キハダも伐られ、山から里に下ろされてくることがあり、その量は冬が最も多いです。また冬は一定期間丸太のまま保管しても皮が腐ることがありません。
③何より国内産オウバクを用いた薬づくりを継続したいため
弊社では、希少な国内産オウバクのみを配合した「日野百草丸(国内産オウバク配合)【第2類医薬品】」を数量限定で製造販売しています。国内産ならではの苦味や香りのある百草丸をつくり、お客様にご提供し続けることは、私どもの社業の根幹に位置付けられる大切なことです。また、天然の生薬を用いた薬づくりにおいて、加工済のチップ状や粉末状の生薬原料を入荷して使用するのみならず、生きている草木のありのままの姿を知り、全ての社員が、貴重な天然物を使わせてもらうことへの感謝の気持ちを持って製造販売に従事することは何より大切です。また、この百草丸を何とか作り続けるために努力することで、多くの学びやご縁をいただいています。
実施していること
残念ながら、山から下ろされるキハダの多くは、他の広葉樹とともにチップや薪にされています。キハダは貴重な生薬原料であり、渇望されていることを、多くの林業関係者の皆様に知っていただき、流通にお力添えをいただけるよう取り組む必要があります。弊社では:
(1)キハダが薬木であり減少していることの認知度向上
(2)「キハダ一本から買います」活動へのご協力依頼
(3)冬の皮むきの技術習得と効率・収率向上
に取り組んでいます。
林業の現場においてキハダだけを択伐することは現実的ではありません。針葉樹を対象とした施業でたまたま伐られたキハダが、里の土場まで下ろされた場合に、その後、薬用として流通する仕組みを構築したいと考えています。しかし一方で、大量に下ろされる原木の中からキハダだけ選別し、取りおいていただくこと、運搬いただくことも容易ではありません。山林所有者、林業関係者の皆様にご協力いただけるよう、ご理解のためご説明することが何より大切です。また、そのようなキハダは、伐倒されてから土場に届けられるまでに最低でも数週間はかかります。皮は、材や周皮としっかりついてはがれません。しかし、社員皆、及び、外部の方のご協力を得て、この皮を効率よくむけるよう、試行錯誤を繰り返しています。

北海道でのキハダ皮むき
3月下旬、弊社では北海道へキハダ皮むきに行きました。冬の間に伐採され土場に運び込まれた大量の原木の中から、キハダのみを選り分け、保管いただいている林業関係者様があります。弊社では2021年からほぼ毎年、土場に直接社員がお邪魔し、皮むきをさせていただいています。その2日目にご挨拶に伺いました。
うずたかくきれいに積み上げられた壮観なはい(原木の山)の間を通り抜けて奥へ進むと倉庫があります。倉庫の一角を作業場としていただき、治具などをご準備いただいています。皮むき作業中は作業し易いように様々なご配慮をいただいています。

ここで毎年約1週間、社員が缶詰になって皮むき作業を行います。皮むきはほぼ手作業で行います。薬効成分のあるキハダの樹皮オウバクは、一番外側のごつごつとした周皮と材との間にあり、黄色をしています。周皮とも材ともびたっとくっついている樹皮オウバクをはがすためには、大変な労力と時間がかかります。木と向き合い丹念に作業を進めていく必要があります。

今年は、皮むき作業をより効率化するため機械化を検討しました。省力化機械の設計・製作を行う会社様とご相談したところ、何と機械を使わずとも効率向上する方法を教えてくださいました。今年はその方法を試すぞと意気込んで行き、実際に試したところ、皮のむきやすさが大幅に向上しました。材に残る樹皮の量も少なく、よりきれいにむくことができるようになりました。

1週間の皮むきは、多くの方々のご協力なくして実現することはできません。毎冬キハダを保管いただき、土場内での皮むき作業をお許しいただくのみならず、作業し易いよう様々ご支援をいただいている林業関係者様に、心より深く感謝しております。このたびご挨拶をさせていただいた代表の方が「日本の経済発展は、全て林業、農業、漁業の一次産業の土台の上で成り立っている。その理解と感謝なくして真の経済活動を行うことはできない」とのお話をしてくださいました。北海道の広大な大地に根付く自然への畏敬と感謝の念、その恵みを事業として取り扱うことへの責任と矜持が、私どもの取り組みも支えてくださっていると、大変有難く心に残りました。当該林業関係者様をご紹介いただいたのは、弊社の大切なお取引先様です。また作業効率化のため商売度外視で親身になってご相談に乗ってくださった機械メーカー様のお陰で、今年は各段の作業改善を図ることができました。キハダを介した人と人とのつながりが、私どもを強く支えてくださっていることを実感し、心より有難く、感謝の念に堪えません。この場をお借りし厚く御礼申し上げます。そしてこれらのご縁に大きな力をいただき、担当した社員の皆も、毎日懸命に作業し、本当によく頑張ってくれました。

キハダ植樹地と「国立アイヌ民族博物館」への訪問
北海道には、毎年キハダを植樹いただいている場所があります。皮むき現場を訪問させていただいた後、生育状況の確認のため植樹地も訪問しました。3年前に植樹したキハダが大きいもので3mを越えていました。水の豊富な美しい森の中で、大きくぐんぐんと育っているキハダを見て、大変うれしく有難く思いました。鹿の多いこの地では植樹地にぐるりと柵を設置いただいています。そのお陰で鹿には食べられていませんが、野鼠などの小動物の食べた後?と思われる樹皮のはがれも、一部のキハダに見られました。これらについてどのような対策を施すか、植樹・保育を行っていただいている事業者様とご相談を行いました。常に見守り育てていただいていることは心強いことです。毎回この植樹地を訪問すると、明るくうれしい気持ちとなります。無事に大きくなれ、と願うばかりです。
最後に北海道白老郡白老町の「国立アイヌ民族博物館」を訪問させていただきました。各地域の儀礼の料理を紹介する展示の中で、先祖供養用供物として、キハダの実を用いた「シケレペ ラタㇱケプ」が紹介されていました。シケレペとはアイヌ語でキハダの実、ラタㇱケプとは野草や野菜のまぜ煮を示すそうです。展示では、かぼちゃ、じゃがいも、とうもろこしを煮てつぶし、バター、塩、砂糖を加えてまぜ、最後に豆とキハダの実を加えた料理が紹介されていました。先祖供養の大切なお供えにキハダの実が使われていたことを知り、大変驚きうれしく思いました。またとても美味しそうに見えました。弊社の本社のある木祖村ではキハダの実を用いてキハダ餅を作って食べる風習があります。またもちろんのこと、樹皮は百草、百草丸をはじめ生薬原料として、材は木曽漆器のお椀などに大切に使われてきました。キハダが古くからの暮らしに根付き大切にされてきた北海道の地と、深いつながりを感じました。また、だからこそ、キハダの有難いご縁がこのようにつながっているのだと感謝の気持ちで一杯となりました。
「国立アイヌ民族博物館」展示映像より
冬のキハダから皮をむく取り組みは、今後も継続してまいります。全国の山林所有者の方々、林業関係者の皆様にお力添えを願い、一つ一つのご縁に心より感謝し、歩んでまいりたいと存じます。
日野製薬株式会社
代表取締役社長 石黒和佳子



