薬食同次元

秋の七草

秋の野に 咲きたる花を指折り かき数ふれば 七種(ななくさ)の花

萩の花 尾花葛花 撫子が花 女郎花 また藤袴 朝貌(あさがお)の花

こちらは、奈良時代の歌人「山上憶良(やまのうえおくら)」が詠んだ万葉歌です。

「春の七草」が厳しい冬を乗り越えるために粥にして食べる七草であるのに対して、「秋の七草」は初秋を彩る秋草を鑑賞し愛でる七草であり、秋の訪れを知らせてくれる万葉植物です。

初秋の山野に七草が咲き秋風に揺れている風景が浮んできます。
古の万葉人の自然を愛でる心は、時代を経ても今なお私たちの心を抒情豊かにしてくれます。

さて、この歌に詠まれる秋の七草は、萩(ハギ)と尾花(ススキ)を除いて、すべて薬用としても用いられていますので、以下にお話しさせていただきます。

葛(クズ):マメ科のクズ

クズは、根の乾燥したものが生薬「葛根(かっこん)」で、風邪、扁桃腺炎、急性中耳炎、肩こり、蓄膿症などに用いる有名な漢方処方の「葛根湯(かっこんとう)」の主薬です。
クズは身近な薬草の代表格で、雑草の王様でもあり、日本全国の山野のいたる所に分布し、どこにでも生え広がり根が太く蔓が地中をのたうってはびこっているのです。 フィリピンや台湾では繊維植物として栽培され、わが国でも昔はクズの繊維で葛布を織っていました。今では専ら襖や表装地として用いています。 8月下旬ごろ、花が満開となり、その赤紫色の花は、マメ科の特長を備えていて密に穂をつくっていて美しいのです。
小さい頃、風邪を引くと、とろりとしてほのかに甘い「葛湯(くずゆ)」を飲ませてもらえるのが嬉しかったことを覚えています。

撫子(ナデシコ):ナデシコ科のカワラナデシコ

ナデシコは、小さい子供のように愛らしく、撫でたくなるような花という意味で、その可憐な姿から、大和撫子(ヤマトナデシコ)はしとやかな日本女性を表す言葉として用いられています。
本州から九州にかけて分布し、朝鮮半島、中国、台湾にもみられます。 河原や日当たりのよい草地や岩場に生える多年草で、高さ30~80センチになり、淡紅色または白色の花が7~10月に咲きます。
薬用としては、カワラナデシコの他、エゾカワラナデシコ及び中国に分布するセキチクの全草を乾燥したものが生薬「瞿麦草(くばくそう)」、種子が「瞿麦子(くばくし)」で、消炎、利尿、通経薬とされ、多量に用いると流産の恐れがあることから妊婦には禁忌です。

女郎花(オミナエシ):オミナエシ科のオミナエシ

オミナエシは、東アジアに分布し、日本には北海道から九州まで日当たりのよい草原や丘陵地にみられ、人里や山間部では同属の花の白いオトコエシの方が多くみられます。
薬用としては、オミナエシもオトコエシも地下部もしくは全草を乾燥したものが生薬「敗醤(はいしょう)」で、漢方処方には入れられていませんが、民間的に消炎、化膿止めに用いられてきました。醤油が腐ったような臭気が生薬名の由来とされていますが、オミナエシのひ弱な花姿とは結び付きません。

藤袴(フジバカマ):キク科のフジバカマ

フジバカマは、河原などやや荒れた地に生え、生長すると高さ1メートルほどになり、秋に枝先に多数の淡紅色の花を咲かせます。派手さがなく、秋の七草に数えられたのは葉に含まれる香気(クマリン:桜餅の匂い)によるようです。
中国では「蘭草」と云い、その芳香により弱った脾の機能を覚醒させるのだそうです。鎌倉時代に戦場にのぞむ武士が兜の中にたき込めた香りもこのフジバカマの香りだったようです。

朝貌(アサガオ):キキョウ科のキキョウ

アサガオの花は、ヒルガオ科のアサガオではなくキキョウ科のキキョウが定説となっています。
薬用としてのキキョウは、根の乾燥品が生薬「桔梗」で、サポニンを含む生薬として鎮咳去痰薬の代表です。
韓国ではこの根をトラジと云い、水で晒してサポニンをぬき、漬物にします。薬用にも食用にもなる貴重な秋草です。

竜胆(リンドウ):リンドウ科のトウリンドウ

ところで、薬用の秋草と言えば、ここでリンドウを記しておきたいと思います。
リンドウは、その根及び根茎を乾燥したものを「竜胆」と云い、当社が製造する百草丸に配合されている苦味健胃薬であり、長野県の県花でもあります。
ヨーロッパ産のキバナリンドウの根及び根茎は「ゲンチアナ根」と云われ、ヒポクラテスの時代から苦味健胃薬として用いられていました。
以前当社ではこの「ゲンチアナ末」を配合した百草丸を製造していた時期がありました。竜胆とゲンチアナは、同じリンドウ属植物に由来する類似生薬です。





夏の終わりのこの季節には、秋の七草だけでなく、オオマツヨイグサ、イヌゴマ、ヨメナ、つゆ草、アザミ、昼顔、ミズヒキ、吾亦紅などの野草が辺りを彩っています。
御嶽山麓の開田高原には、松虫草の群生地があり、この紫色の花が好きだった母と一緒に見に行ったことを思い出します。

近年は、環境破壊や生態系の変化により、ごくありふれた自然の景色にも異変が生じていますが、万葉人が見ていた景色が損なわれないように、日本固有の植物の保全保護に努めるのも私たちの役割と思います。



写真出典:「信州・薬草の花」(クリエイティブセンター)
      市川董一郎(著)栗田貞多男(著)