薬食同次元
おらほうの味
陽ざしが暖かくなり、春の訪れを感じる木曽谷です。根雪もほぼ融け、木曽川には雪解け水が早く流れ、川面がキラキラと輝いて見えます。野山にはふきのとうが顔を出し始めました。最近、弊社本社の裏山から、キジの鳴き声がケーンケーンと聞こえるようになりました。先日ふと窓の外を見ると、黄色に群生する福寿草の向こうに、赤と緑の鮮やかなキジの雄が、のそりのそりと歩いていました。植物も動物も、一斉に動き出す季節が間もなく訪れます。
先日「おらほうの味 - 木曽地方の郷土食」を拝読する機会がありました。今から約30年前に木曽農業協同組合婦人部より発行された木曽の郷土食のレシピ集です。「おらほう」とは木曽の方言で「わたしたち」または「わたしたちの方」という意味です。木曽は南北に長く、長野県塩尻市から岐阜県中津川市にかけての木曽地域の総面積は約2,500平方キロメートルもあります。小さな県に匹敵する広さです。同じ木曽の中でも、地域によって古くから伝わる味も少しずつ異なります。
■春の味
「春の味」のページをめくると、下記の味が紹介されていました。
・おはぎ
・のり
・おしろもち
・山の講もち
・甘酒
・からすみ
・ひったくり
・油みそ
・蒸しわさび
・きゃらぶき
・ウド汁
・笹巻き
・チマキ
・ほうば巻
・ねじりやこもち
・ほうばめし
名前も面白く、どのような料理なのか想像できないものも多いと思います。
この中から2つご紹介したいと思います。
●からすみ
「からすみ」というと、ボラの卵巣で作られた高級珍味を思い浮かべる方が多いと思います。しかし木曽の「からすみ」は、米粉に砂糖、くるみやごまを加えて作った甘い蒸し菓子です。ういろうに似ています。木曽の中でも南部の大桑村、南木曽や岐阜県中津川市付近で、桃の節句に作られます。春の遅い木曽では、4月3日(旧暦の3月3日)に、月遅れのひな祭りを迎えます。「からすみ」は、子どもの成長や健康を願いお雛様にお供えされてきました。
なお、昔はお雛様を飾らなかったり、粗末にすると目を病むと言われたそうです。また節句には仕事を休むものであり、仕事をするものを「ずくなしの節句働き」「のての節句働き」と言ったそうです。季節や節目を大切にする日本らしい伝承と思います。
●ほうばめし
木曽では5月下旬から6月になると「ほうば巻き」が作られます。「ほうば巻き」はあんこの入った餅を、朴(ほお)の木の葉でくるんだお菓子で、木曽の初夏の風物詩です。一方「ほうばめし」は、同様に朴の葉を用いますが、もち米やうるち米に塩を混ぜ、朴の葉でくるんで、熱湯でゆでた、どちらかというとチマキに近いものです。
朴の葉は、長さ20~40cmと大変大きく、独得のさわやかな香りで、殺菌・抗菌作用があると言われています。鎌倉時代の武将木曽義仲も、戦に出陣する際に、朴の葉に味噌や米を包んで兵に持たせた伝えられています。ほうばめしは、今から30年前はまだ、山仕事に出かける時や登山の時に持って行ったそうです。殺菌・抗菌作用があり、香りもよく腹持ちのするほうばめしは、まさに山に行く時にうってつけであったと思います。
■暮らしの知恵をつなぐ
これらの郷土の味は、季節ごとの自然の恵みを大切に、健やかに過ごすための、古くからの生活の知恵がぎゅっとつまったものであるように思います。最後に、冊子に書かれた「発刊にあたって」をご紹介します。まさに木曽の風土や食文化の特長そのものが記され、発行から30年経った今の私達にも訴えかける内容と感じます。食は全てのはじまりです。ここに書かれた思いを、私達も未来へつなげていかなくてはならないと思います。
【発刊にあたって】
「木曽は西に御嶽山、東に駒ケ岳に挟まれ山林原野が総面積の94%を占める山岳地帯です。南北に長く標高差も著しく気候的な違いも南と北では1ヶ月余りにおよんでいます。そんな中、風習や食文化も地域によって異なり、昔自給自足の中からの先人の方々の生活の知恵や技がそして自然の中から土の中から数多く学ぶものがあります。地域で四季織々の特色を生かしながら風味、味覚を楽しむ事も大切ではないでしょうか。恵まれた木曽の自然を活かしながら学び続けたいものです。」 木曽農業協同組合婦人部 部長 佐口幸子氏
出典:おらほうの味 - 木曽地方の郷土食
味ふるさと再考 中心地方の食歳時記