薬食同次元
春の皿には苦味を盛れ
三寒四温の日々が訪れています。日差しが暖かくほっとする日があると思えば、雪が空から止めどなくひらひらと舞い落ちる日もあり、まさに一進一退を繰り返しています。しかし厳しい寒さから、春に確実に向かっていることを感じ、心励まされます。寒さにより多くをすることのできない木曽では、二月は内省の時。しかし三月からは新しいことを始められるような予感がします。山や森の中で、命の芽が出るよ、出るよと言っているような雰囲気に、私達の心も後押しされるような、そんな気持ちがします。
さて、先日近くの青果販売所に、セリが出ていました。まさに今が旬のセリ。一束を買い求めて、夕食向けに湯がくと、ほろ苦い、良い香りのおひたしになりました。何かの本に、青菜は泥を落として、根の先を切ったのちに、一度冷水にさらした方が良いと書いてありました。水を吸うと甘みが増すのだとのこと。普段、忙しさを言い訳にそんな手間をかけることは中々出来ていませんが、春の野菜は、何かそうしようと思わせるものがあります。冷水につけてシャキッとさせた後に、湯の沸騰した鍋に放ち、青味が増したと思った刹那に取り上げて、再び冷水でしめる。普段からちゃんとご飯づくりをされている方は、いつも当たり前にその様にされているのかもしれませんが、ようやくその当たり前をやって、普段より美味しくできたかもしれないと得々と喜びながらいただくセリでした。何かいつもとは違う喜びを与えてくれるのも春の味わいならではのような気がします。
春の山菜はなぜほろ苦いのでしょうか?
これから山菜が次々と芽吹き、野山をにぎやかにし、直売所などでも出回るようになると思います。ふきのとう、うど、たらのめ、こしあぶら、わらび等々、今からとても待ち遠しく楽しみです。春の山菜は、いずれも独特のほろ苦さがありますが、なぜなのでしょうか?
山菜の苦味の正体は、「ポリフェノール」なのだそうです。ポリフェノールは、ほぼ全ての植物に存在する苦味や色の成分です。植物が光合成によって生成する抗酸化物質で、紫外線や乾燥、虫、菌など、植物の周辺に存在する外的ストレス要因から、植物そのものを守るために生成されます。ポリフェノールは、8000種類以上もあると言われます。有名なのは、チョコレートの「エピカテキン」、赤ワインの「アントシアニン」、緑茶の「カテキン」、大豆の「イソフラボン」などかもしれません。いずれも独特の苦みや渋みがありますね。
では、ポリフェノールは多くの植物に存在しているはずなのに、春の山菜に特に苦味を感じるのはなぜでしょうか?それは、ポリフェノールは、植物の種子や芽などに特に多く含まれるためだそうです。外的ストレス要因から身を守るためのポリフェノールは、その苦味によって動物や虫などを寄せ付けません。芽が大きく育つために必要な成分であることを示しています。また、芽が成長する段階で、ポリフェノールはリグニンに変化します。リグニンは、植物の細胞壁を構成する大切な成分で、細胞壁を強化し、茎や幹への成長に必要な作用を果たします。出て来たばかりの芽を守り、大きく生育するために植物に蓄えられているのがポリフェノールということなのですね。
春の皿には苦みを盛れ
「春の皿には苦みを盛れ」という言葉があります。ポリフェノールには、抗酸化作用に加え、新陳代謝や血行を促進する作用もあるとされています。代謝が抑えられ沈着している冬の体を目覚めさせ、活発に行動する春に向けて整えるため、春の山菜は多いに助けてくれるということかと思います。人は古くからそれを経験によって知り、「冬仕様」の体を「春仕様」にするために、山菜を食してきたということではないかと思います。
生命力にあふれる山菜をいただくと体も心も元気になります。最近拝読した幸田文氏の「台所帖」に、「ましてからだの中へはいったが最後、直接いのちにつながる食べ物である。」という言葉がありはっとしました。まさに命の芽ぶきである山菜をいただくことの有難さをしみじみと感じながら、春に向けて心豊かに過ごしてまいりたいと思います。
出典:台所帖 幸田文著 平凡社