薬食同次元

無用の用の有難さ

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10月に入りました。木曽では秋のさわやかな風が吹き、山の木々が少しづつ色づく季節となりました。朝晩は冷え込むことの多い今日この頃です。全国的には引き続き暑い日が続いているようですが、皆様、いかがお過ごしでしょうか。

 

日本生薬学会年会への出席

先日、日本生薬学会の第66回年会に出席して参りました。多くの先生方の素晴らしい発表に、ただただ学び、自身の浅学を痛感しつつも、深淵な生薬の世界に果敢に挑まれている先生方の存在に勇気づけられ、新たな知識にわくわくしながら過ごす2日間となりました。

 

その中でも大変感銘を受けましたのは、北里大学東洋医学総合研究所 名誉所長の花輪壽彦先生の特別講演「漢方診療のレッスン」です。長年臨床医として漢方診療に携わられてきたご経験、知識からお話される内容に圧倒される時間となりました。花輪先生がご講演名と同名で出版された書籍*1を、その後のめり込んで拝読しました。何と含蓄に富んだ世界なのか。冒険小説を読むがごとく、わくわくしながら夢中になって読み、深い敬服と尊敬の念を覚えました。

 

無用の用について 

花輪先生の書籍には、随所で感銘を受けることばかりでしたが、中でも印象に残りましたのは、「無用の用」というお言葉です。生薬は様々な成分により構成されており、効果が明確に認められている成分と、そうではないものがあります。しかし、その有象無象の成分も含む全体で、自然の生薬らしい作用がもたらされる。それを、生薬は【無数の「無用の用」によって支えられている】という、大変鋭く明快な、しかし幾重にも深いお言葉で表されていました。それは生薬そのもの、または生命体そのものの深淵さを端的に表されているように感じました。

 

弊社の製造、販売させていただいている生薬製剤は、木曽地域に伝わる民間伝承薬であり、漢方薬には位置づけられません。しかし、生薬製剤と漢方薬は自然の生薬の力によって人の体の不調を改善する点では共通しています。生薬の世界をもっともっと探求したいとの思いを新たにする機会となりました。

 

さて、お話が少し変わります。

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黄金の国ジパング(!?)の秋の風景

生薬学会の翌週末は9月最終の土日。秋晴れの美しい二日間でした。近所の青果店へ徒歩で買い物に行きました。その道すがら、沢山の「小さい秋」を発見しました。栗の実がいがいがの中からはちきれそうに顔を出している様、柿の実が色づいているところ、畑の横に咲く彼岸花、つい先日まで白く可憐だった蕎麦の花が茶色く枯れて、小さなこげ茶の実が沢山ついている様子など。

 

中でも目を引いたのは、稲刈りを待つ田んぼの黄金色の稲穂です。重く垂れさがった稲穂が風にたなびく様は、黄金色の草原のようで、見とれてしまう美しさでした。先日とある方から、「マルコ・ポーロが日本のことを黄金の国ジパングと言ったのは、実際の黄金を見ただけじゃなく、黄金色に実った稲穂のことを言っていたという説があるんだよ」と伺ったことを思い出しました。

 

こちらでは11月中旬には本格的な寒さが訪れます。厳しい冬を迎える前に、秋を思う存分味わい、満ち足りた空気にあふれる風景や楽しい記憶を心の中に留めようと思いました。

 

秋の味覚を楽しむ 

それには、まず秋の味覚を十分に楽しむことから、ということで、買い求めて来た新鮮な食材で

  ●しめじと秋鮭の土鍋炊き込みご飯

  ●大根と豚肉の煮物

を作りました。

 

土鍋はこの春にしまい込んでから久しぶりの登場。朝から水を張り、米粒を入れて、ひび割れ予防をします。お米は今年の新米。つやつや、ぴかぴかしています。研いで、ざるに上げ、しばし水を切ってから、土鍋に入れてだし汁を追加。そこへみりん、酒、しょうゆを入れ、しめじをぐるっと円を描くように入れて、生姜の千切りを散らし、骨を取った秋鮭を乗せ、中火にかけます。秋鮭は脂がのって見ただけで美味しそう!出来上がりが楽しみです。

 

一方、先ほど研いだお米のぬか汁で、大根を下茹でします。採れたての大根は少しほっそり。でも実がしまって美味しそうです。充分下茹でしたら、取り出し、だし汁に入れ、隠し味の沖縄黒糖と生姜の薄切りを投入します。しばらく煮立て、その後醤油を入れ、最後に豚肉を入れてあくを取ったら火を止め、お鍋の中で落ち着かせます。

 

そうこうしている間に、土鍋のふたから吹き出る湯気の雰囲気が変わってきました。弱火に変え、万一焦げた、ぴちぴちとした音がしないか注意深く確認しながら炊き続けます。そして湯気があまり出なくなったところで火を止めて、しばらく保温。ふたを開けて出来上がりの様子を見たいのを我慢してそのままにしておきます。

 

土鍋も煮物も落ち着かせている間に、ちょっと飾りに緑色のものを、ということで、冷蔵庫にあった小松菜を細切りにしました。本当は、あさつきの小口切りや三つ葉を飾るものと思いますが、買うのをすっかり忘れていました。

 

そしてようやく完成です!煮物を盛り付け、土鍋を食卓へそのまま持参し、家人を呼んでスタンバイしてもらってから、ふたをぱかっと開けると、湯気の中からほかほかの炊き込みご飯が登場しました。いやー、無事出来ててよかった!

 

急いで盛り付けて、早速食べてみると美味しい!季節の新鮮な食材達がとても良い味を発揮しています。それぞれからとても滋味深いだしが出ていて、美味しさが増しているような気がします。調理者の腕は関係なく、食材そのものの力です。季節のものをいただくのはとても大事だなぁと改めて思いました。何かやはり、その時にしかない深い味わい、勢いのようなものを感じました。

 

季節の恵みへの感謝

そこでふと、花輪先生の「無用の用」のお言葉が頭に浮かびました。季節のものの特別な美味しさは、もしかしたら成分として明確に認識されないものなのかもしれない、でもその何かが混ざり、重なり合うことで、相乗効果のような美味しさが出来上がるということのように思えました。生薬も組み合わせによって作用が変わります。食材も生薬も自然のもの。良く考えたら不思議なことではなく、自然の成り立ちが様々な「無用の用」と一部の有用な用の集合のような気がして、何か自然の尊さに触れたような、有難い気持ちとなりました。

 

*1 花輪壽彦先生:漢方診療のレッスン, 金原出版株式会社, 1995

 

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