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薬食同次元

キハダの恵みを大切に

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 木曽谷では、日差しが日に日に明るさと温かみを増し、春の兆しを感じる季節となりました。まさに紺碧というべき青く澄み渡る空が、白い雪原の上に広がる様子は、とても美しく見入ってしまうほどです。朝晩はまだ零下で厳しい寒さに打ち震える日も多いですが、日の光が昇ると心まで明るく軽やかになります。寒さと暖かさの繰り返しの中、春に向けて着実に時が進んでいることを感じます。皆様いかがお過ごしでしょうか?

  

■藍とキハダの生み出す色

 さて、先日徳島より、とても素敵なポーチをお送りいただきました。深く濃く渋みのある緑色が自然な風合いの生地に重ねられ、手触りも心地よいポーチです。この緑色は、藍にキハダの黄色を重ねて染められたものということでした。

  

 自然界にある植物原料で、緑を染めることはできないそうです。藍と黄の染料を重ねる手法は、古くから伝えられてきた染めの技術です。日本の染織史家で染司よしおか五代目当主の吉岡幸雄氏は、著書「失われた色を求めて」の中で次のように述べられています。

  

 【染色にたずさわるものにとって、緑ほどやっかいな色はありません。緑の色を得ようと、たとえば、松の葉をあつめて煮出し、その液のなかに糸や布をいれればよさそうに思います。また路傍の草を手で揉めば、指が緑色になりますから、布にも同じように緑を摺り込めると考えます。ところが、そうはいきません。草木の葉には葉緑素という色素がありますが、この葉緑素は実に弱い色素で、水にあえばすぐ色が流れてしまいますし、そのまま放っておくと、汚れた茶色に変色してしまいます。葉緑素は染料としてはまったく不適格なのです。(中略)では、どのようにして、緑を染色していくかといいますと、藍と黄を掛け合わせて緑を得ることになるのです。たとえば、刈安とか黄檗といった黄色系の染料を藍で染めた布や糸に加えて染めるのです。】

  

 刈安(カリヤス)とは、イネ科ススキ属の多年草で、古くから黄色の染料として用いられてきました。そして黄檗(オウバク)は、キハダの樹皮のことです。キハダは、本ブログでこれまでにもご紹介の通り、ミカン科の落葉高木で、その周皮を除いた樹皮が、胃腸薬の百草・百草丸の主成分オウバクです。薬効成分のある樹皮は、鮮明な黄色をしており、古来より薬としてのみならず、染料として用いられてきました。

  

 キハダに日頃から親しむ私どもにとって、樹皮に薬としてのみならず染料という別の用途があること、またその鮮やかな黄色がそのまま使われることもあれば、人間にとって欠かせない色合いである緑色を生み出すために使われるということは、何かうれしく誇らしい気持ちとなります。

  

■キハダで染めたストール

 またつい先日、昨年キハダの皮むきに参加いただいたアーティストの方より、山梨の織物産地で手に入れられたストールの白生地を、キハダで試しに染めてみたとのご連絡をいただきました。「木曽の山の中でキハダを剥いだ時のようなまぶしい黄色が染まりました」とのメッセージとともに写真をお送りいただきました。

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 実はこのキハダは、百草、百草丸づくりの後に残った残渣(ざんさ)を弊社からご提供し、それを用いて染めてくださったものです。残渣にも関わらず、濃く、明るい黄色が出たことに驚き、自然な黄色の美しさにほれぼれとし、心躍るような気持ちとなりました。    

  

■残渣とは?

 残渣とは何でしょうか?百草・百草丸の製造では、オウバクを細かく裁断し、水で煮出して煮詰め、オウバクエキスを抽出します。抽出したエキスを濾過した後に残るオウバクは、いわゆる「出しがら」のようなもので、これを残渣といいます。

  

 残渣を、身近な例にたとえると、カツオ出しを取った後に残る出しがらの鰹節のようなものと考えていただけると分かりやすいかもしれません。一番だし、二番だしと何度か取っても、鰹節の旨味が全く消えてしまうわけではなく、出しがらの鰹節を炒ってふりかけなどにして食べられる方もいらっしゃると思います。それと同様に、残渣となったオウバクにも、まだ黄色の成分は残っており、煮るとまだまだ優しい黄色が出てきます。この黄色を用いて染めていただいたのが上記のストールです。

  

■オウバク残渣の利活用

 キハダの樹皮オウバクには、苦味健胃、整腸、消炎、収斂薬として胃炎、胃腸病、下痢、などに応用される薬効成分は勿論のこと、染料としての黄色という素晴らしい特性があることが、ご紹介させていただいた作品からも分かります。

  

 キハダの持つ特性、そしてキハダ一本一本が25年以上の年月を経て成長する大事な木であることを踏まえ、弊社では百草・百草丸づくりで残るオウバクの残渣(ざんさ)を、大切に活用したいと考えています。

  

 貴重なキハダの木を伐って薬づくりを行う私どもにとって、キハダの全ての部位を余すところなく利活用することが目標で、また命あるものを扱う者の責任であると考えています。そして、残渣のように薬づくりを行った後に残る部分についても、そのまま廃棄するのではなく、何か他の良いものに生かすことができるのではないか、新たな光をあてると別の姿形で輝くことができるのではないか、という視点を常に持ち、キハダに向き合いたいと考えています。

  

 この時に、ご紹介したような素晴らしい作品をつくられる専門家の方々がいらっしゃることが大きな励みとなります。これらの作品を制作される方々をご紹介くださった方も、日本古来の伝統的な染色技術と現代のテクノロジーを融合したものづくりをされている方です。私どもだけでは思いつかない創意工夫が様々な分野で行われていること、それによってキハダの利活用の範囲が広がり、新たなご縁のつながりをいただくことは、何にも代えがたい勇気と活力をいただきます。

   

 サーキュラー・エコノミー(循環型経済)の実現に多くの方が関心を持つ昨今ですが、この根底には、限りある自然の恵みを大切にしよう、という人々の心があるものと思います。弊社の社業もその真摯な心を常に持ち、多くの方々のご協力をいただきながら、新たな価値を生み出していきたいと考えています。

 

 日野製薬株式会社

 代表取締役社長 石黒和佳子 

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出典:「失われた色を求めて」吉岡幸雄氏 岩波書房 

★ご紹介した作品の製作者は下記の方々です。

ポーチ:株式会社BUAISOU様

ストール:東京造形大学テキスタイル専攻領域専任教員Artist / Director / Textile Designer / Producer 高須賀活良様 ※ストールの写真もご提供


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