薬食同次元
染料としてのキハダ
天高く、空気の澄み渡る季節となりました。木曽谷でも朝晩が涼しくなり、大変過ごしやすくなっています。
さて、キハダの内側の樹皮は、大変鮮やかな黄色をしています。この部分には薬効成分があり、弊社の百草・百草丸の主成分「生薬オウバク」です。一方、その美しい色合いは、古くから、黄色を染める天然の染料として使われてきました。キハダの名の由来は、樹皮が黄色であるためとも言われています。
●旧石器時代の遺跡にキハダ
では、いつから人はキハダを利用していたのでしょうか?キハダは、新潟県長岡市の荒屋遺跡で発見されています。荒屋遺跡は今から約1万6000年前の後期旧石器時代の遺跡です。炭化したキハダの木片が、オニグルミの種子などとともに堆積土の中に含まれていました。キハダが何に使われていたか断定することは難しいようですが、身近な植物であったことがうかがわれます。
●正倉院とキハダ
奈良・平安時代の宝物を納める東大寺の正倉院には、紙に関連する文献、ならびに紙そのものが保管されています。正倉院に保管されている経巻の多くに、キハダで染めた黄紙が用いられています。日本に製紙技術が伝えられたのは、飛鳥時代の610年(推古天皇18年)と言われていますが、奈良時代に入ると、仏教普及のため写経が行われ、紙が多く使われるようになりました。重要な文書にキハダの染紙が使われたのは、キハダの樹皮に防虫作用があることを、昔の人が経験的に導き出したためとされています。
正倉院にはキハダ以外の他の天然植物を用いた染紙も保管されています。主に美観や分類のためとされ、ベニ、ムラサキ、トチ、スホウ、カリヤス、アイ、ヒサキ、ハス、フヨウ、カキツバタなどが用いられているとのことです。
●平安時代のキハダ
平安時代に編纂された律令の施行細則である「延喜式」にも、キハダのことが記載されています。染料として、また薬として用いられていたことがうかがわれます。
●キハダの黄色は何によるものか?
キハダの黄色は、主にベルベリンによるものです。ベルベリンは、キハダの周皮を除いた樹皮である生薬オウバクの主成分であり、薬効の要です。報告されているベルベリンの薬理作用には、胃腸機能の促進作用、病原菌に対する抗菌作用、下痢止めなど様々なものがあります。
キハダの黄色には、人を惹きつける美しさがあります。薬効をもたらすベルベリンが、美しい黄色ももたらすことが、何とも不思議であり、キハダの魅力の一つと思います。また、キハダ以外にも、ベニバナ、ムラサキ、チョウジなど、生薬、染料の双方に用いられている植物があります。人の身体を内側からも外側からも健やかにし、心を明るくする植物が様々あることに、自然の恵みの素晴らしさを感じます。
冒頭の写真は、百草・百草丸づくりの後に残ったキハダの樹皮(オウバクの残渣)から、弊社社員が、試しに楽しみで、キハダ染めを行ったものです。キハダの黄色の美しさは、薬づくりの後も健在であることに感激いたしました。
出典:
「正倉院の紙」 京都工芸繊維大学教授 町田 誠之氏
「正倉院宝物の科学的調査から」 東北芸術工科大学客員教授 成瀬 正和氏
「古代染色の化学的研究 第3報 古代黄檗染について」 新井清氏・高沢道孝氏