生薬の話
冬に向かうキハダの様子
山々の葉は落ち、冬が到来しています。今年はぽかぽかとした陽気の日が続いています。空は青く澄み渡り、厳しい寒さの訪れの前に、ひと時の穏やかな温もりを感じています。
やぶはら高原スキー場のゲレンデ跡地に、昨年、今年と植樹したキハダの様子を見に行ってきました。キハダの周皮を除いた樹皮は生薬オウバクで百草・百草丸の主成分です。
キハダの生育状況
枯草と枯木をかき分けながら急斜面を登ると、キハダを植えた場所にたどり着きました。既に葉は落ちているこの季節。目印の竹の棒と色リボンを頼りに辺りを見回すと、昨年植えた右斜面の下部には、キハダがあまり見当たりませんでした。今年の5月後半にはもう少し生えていたと思いますが、夏の間に他の植物の勢力に負けたのか、動物に食べられたのか、折れたのか、いずれにしても心細い状況です。
しかし場所を少し変えて見てみると、ひょろりと細くても、キハダが見られるようになりました。おお、残っているね! と思わずキハダに話しかけたくなりました。
そして、尾根を越えて左斜面の方へ行くと、キハダがより多く見られるようになりました。更に、今年植樹した場所へ登って行くと、幹が太く、枝が幾重にも出ているキハダ、植えた時より明らかに根をはり、太くなったキハダが何本もありました。ああ良かった、とほっとしました。全体として、昨年植樹したキハダより、今年植樹したキハダの方が育っているように見えました。また右斜面より左斜面の方が多く、更に斜面の上の方が育っているようです。
生育状況の違いの理由
さて、ではなぜこのように生育の状態に違いが見られるのでしょうか?弊社では現時点で主に3つの仮説を考えています。
1.キハダの違い
2.苗木の状態の違い
3.斜面の違い
1. キハダの違い
昨年と今年では、植樹したキハダ苗木の産地が異なります。昨年植樹したキハダ苗木は、奈良県のキハダから採取した種を、千葉県で播種し育苗したものが大半を占めていました。一部のみ長野県のものでした。一方、今年植樹したキハダ苗木は、全て長野県のキハダ成木から採取した種を、長野県で育苗したものです。
よく育っている今年のキハダは、苗木の頃から、長野県特有の温湿度、土壌など自然環境に順応していた可能性が考えられます。木祖村は、県内でも標高が高く、年間を通して気温が低い地域です。5月の植樹後も、朝晩は寒暖差が大きいです。昨年の苗木は、暖かい地域で育てられたため、寒さへの適応が必要であったと想像しています。
2. 苗木の状態の違い
昨年のキハダ苗木は植樹時に既に葉が出ていました。植えた後に、一度葉を落とし、再度芽を出して、葉が生えました。落葉後に再スタートしたことで、成長によりエネルギーを要したと考えられます。また、生育が十分ではない状態で昨冬を迎えたため、厳しい寒さを耐え忍ぶこと、春からの成長も困難だったのではないかと考えられます。
一方、今年のキハダ苗木は、芽が出ていない状態で植樹しました。植えた直後に、芽が出て葉がぐんぐん伸びました。地中でも根がしっかりと張り、勢い良く成長したものと考えられます。ただし、今年のキハダは冬を越していませんので、来春また状況を確認したいと思います。
3. 植樹した場所の違い
斜面の右側と左側では土が異なります。右側はより赤茶色、左側はより黄土色をしています。また左斜面には、小川が流れています。キハダは陽あたりがよく、水を好む木で、沢筋によく生育しています。水が多いことが、左斜面の方がよく育つ理由かもしれません。
今後に向けて
キハダの生育は、やはり一筋縄ではいかないと感じます。しかし自然のことですから当たり前のこととも思います。今後も全ての苗木が育つことはなく、様々な理由で、淘汰されるキハダもあると思います。一方で、折れてなくなってしまったと思っていたキハダの根元から、新しい芽が生えることもあります。命あるものは脆さと、たくましさの両方を併せ持つことを教えてくれます。
今後、雪が降る前に、より厳密な生育調査を行う予定です。これによって生えている本数や様子がもう少し明確に判明すると思います。しっかり行い、来年につなげたいと思います。また、上記の3点の仮説について、引き続き専門家の方々のアドバイスをいただきながら検証し、来年以降、より良い方法で植樹や管理を行っていきたいと思います。
キハダの生育状況を見に行ったこの日は、冬に向けてネットも張りました。無事に冬を乗り越え、大きくなってほしいと願うばかりです。今後も、キハダの成長を大切に見守り、植樹も継続していきいと思います。
寒さの厳しい時期がやってまいります。どうかお身体に気を付けてお過ごしください。