生薬の話
冬を迎えて

初雪が降り、木曽谷には冬が訪れています。山々はすっかり葉が落ち、この先の厳しい寒さを感じさせますが、精錬とした木々の様子もまた美しいです。
先日、奈良井宿で開催されたお茶会「奈良井 夜咄灯話」に出席させていただきました。文化庁の主催で、運営に奈良井宿の宿「BYAKU Narai」を経営される株式会社奈良井まちやどをはじめとする企業の方々が携わられています。夜18時から、奈良井宿のほぼ中心にある「徳利屋」にて開催されました。寒い夜でしたが、表から中に入ると温かな花梨と生姜の飲み物でお迎えいただきました。お茶席は、囲炉裏の三方を囲むように客が座り、残りの一方で亭主がお茶を点てていただく珍しい趣向でした。お茶会のテーマは「月華」であり、自然と人が調和した状態を示すとのご説明をいただきました。また、これを形で表すため「円相」の掛物が様々な場面で使われていました。
この日の亭主は、野口宗柴氏でいらっしゃいました。奈良井の隣の木曽平沢で豆腐屋を営まれながら、漆器職人をされ、更に茶の師範でもある方です。
囲炉裏には薪がくべられ、燭台のろうそくが揺れ、ほのかな光の中で、大変静かで温かな時が流れました。客は、この日初めて出会った方々で、国籍や年齢、性別も様々でした。しかしいろりを囲んでいるためか、何か一体感のような、心地よい空気が流れていました。徳利屋は古くは脇本陣であり多くの旅人が宿泊した、夜には主人や旅人が囲炉裏を囲み、暖を取りながら話をした、とのご説明がありました。今回のお茶会でも、囲炉裏を囲む亭主と客が皆、円になってその場に向き合い、円は縁も示すようなつながりを感じました。その場所で過ごすひと時は、大変豊かでした。
一席目は亭主が点てたお茶をいただきました。茶碗の銘は「志野」で、亭主が自ら焼かれたものということでした。立派な茶碗でしたが、「このお茶碗は、実は未完成です。物事を完成させることも大事ですが、未完成と思って、常により良くするために何をすべきか考え、実践を繰り返すことも大事なのです。」とのお話が亭主からありました。そして「若い頃に作った焼き物の中で、当時は気に入らなくても、今になると良いと感じるものがあります。自分が変わったということです。これまでずっと、自分が完璧だと思わない作品は、ダメだと思ってきました。しかしそれは自分のわがままだったのです。」「これから人生の終盤に向かいます。身体が動かなくなる時に向けて、これまでと今後の在り方を考えているのです」とのお話がありました。これらのお言葉はとても心に残りました。
二席目はあらかじめ客の各々が選んだ茶碗で、ご自服で茶を点てました。茶碗はいずれも、木曽平沢の漆器職人の方がつくられたもの、または、漆で金継ぎをされたものでした。漆器の茶碗で点てたお茶をいただくことは初めてのことでした。
お茶会の終わりに亭主より、お茶碗の正面を避けていただくお茶の作法について、「正面と正面がぶつかりあうと喧嘩になります。相手が正面からぶつかってきても、自分も正面からぶつかるのではなく、相手に譲る気持ちを持つことが大切です。それを教えてくれていると思います。」とのお話がありました。良いお話をお聞きしたと思いました。
木曽は高い山々に囲まれた谷の地形で、南北に長く伸びています。古くから中山道を通る旅人が留まることを知らず往来する地です。現在も、日野百草本舗奈良井店におりますと、次から次へと旅行者が来られ、しばしの時を楽しまれ、去っていかれます。川が流れゆくようです。しかし、このような地形、このような土地柄だからこそ、そこで出会い、ひと時を共に過ごした人とのご縁は温かく、その輪は広がり、続いていくのだと思いました。木曽谷には、最近、新たな取り組みをしようという人たちが徐々に集まっています。これらの方々と良きものを生み出し、木曽にしかない古くからの文化を未来につないでいくことができればと思いました。
寒さが厳しく本格的な冬が到来しております。どうぞお身体に気をつけてお過ごしになられますようお願いいたします。


