生薬の話
奈良井店のリニューアルオープンに寄せて

日本のほぼ中央に位置し、旧中山道の街道文化と豊富な森林と水に恵まれた木曽地域は、北部と南部では一か月近くの気温差があり、また標高差のある複雑な地形から多様な植物が育ち、薬草の宝庫でもありました。
日野製薬はこの山懐に抱かれた旧中山道木曽11宿の藪原宿、現在の木祖村藪原において「百草」「百草丸」をはじめとする生薬製剤を作り続けてまいりました。
このたび、鳥居峠を境とする隣村の旧中山道木曽11宿の奈良井宿、現在の塩尻市奈良井で2006年から開業していた「日野百草本舗奈良井店」の改修工事が完了し、2025年7月30日にリニューアルオープンいたしました。
多くの方々に新装なった「日野百草本舗奈良井店」にお越しいただきたく、お待ち申し上げております。
【民間伝承薬】
生薬とは自然界にある植物、動物、鉱物の薬用とする部分をそのままかあるいは簡単に加工して用いる薬で、世界各地にはその土地ならではの歴史や風土に根差した民間で伝承されてきた薬「民間伝承薬」が数多く存在しています。この「民間伝承薬」はとかく漢方薬と混同されがちなのですが、同じ天然の薬物を用いていても、漢方薬が体系化された古典的漢方処方の理論に基づき組み合わされた薬(葛根湯、桂枝湯、当帰芍薬散、八味丸等々)であるのに対し、「民間伝承薬」は、その土地に暮らす人々がその土地ならではの身近な薬草を用いて経験的に薬効を見出し伝承してきた薬です。
当社が製造・販売する「百草」「百草丸」「普導丸」「百草錠」は、かつて木曽地域に多くあったミカン科の落葉高木キハダ(生薬名:オウバク)を主原料として製剤化した信州木曽の「民間伝承薬」です。
【百草】
「百草」は、木曽御嶽開山の修験者によりもたらされ、「木曽御嶽の御霊薬」「万病に効く腹薬」などと称されてきた胃腸薬です。江戸時代の後期から人々に愛用され、常備薬として暮らしに溶け込んできた「民間伝承薬」です。
キハダの周皮を除いた内側の鮮黄色の樹皮(生薬名:オウバク)を乾燥し、刻み、熱水で煮出し、煮詰めた板状の乾燥エキス剤で、添加剤を一切含みません。下痢を伴う胃腸の不具合に効果を発揮するオウバクエキスのみの単味の生薬製剤です。
【百草丸】
「百草丸」は、「百草:オウバクエキス」にゲンノショウコ末、ビャクジュツ末を加え飲みやすい丸剤にして戦後になり販売を開始した胃腸薬で、「百草」の流れをくむ「民間伝承薬」です。
その後、処方検討を重ね、現在では、ガジュツ末、センブリ末、リュウタン末、エンゴサク末を加え7種類の生薬を配合しています。健胃、整腸、粘膜修復の三つの成分を組み合わすことで穏やかに作用し胃腸の調子を整えながら不快な症状を改善します。また、天然のオウバク特有の苦味と香りによる健胃効果を活かすため、オウバクエキスから製したオウバクチンキを丸剤の表面にコーティングし、服用後直ちにオウバクの苦味と香りが感じられるようにしています。「百草:オウバクエキス」の天然物ならではの薬効を丸剤の中に閉じ込めてしまうのではなく、最大限活かすように製剤化したのが「日野百草丸」です。穏やかに作用しますので、健やかな胃腸を保つための日常のセルフケアーのためにお役立てください。
現在、農林水産省のまとめによりますと、国内産のキハダの生産量は9%にとどまり、ほとんどが中国産です。当社は、ほとんどが中国産のキハダ(生薬名:オウバク)を用いた「日野百草丸」を作っていますが、2006年より国内産オウバク配合の「日野百草丸」を作り始めました。
今後もこの国内産オウバク配合の「日野百草丸」を絶やすことなく作り続けていきたいと、近隣の方々にご協力いただき、キハダの植樹をしてきました。昨年(2024年)には「キハダプロジェクト」を立ち上げ、その一環として採取量が減少しているキハダの植樹に一層力を注いでいます。
キハダを育み育てるため、今後も初夏の植樹体験会には多くの方々にご参加いただきたくお願い申し上げます。
【普導丸】
「普導丸」は、今から約60年前1967年(昭和42年)に販売を開始した口中清涼剤です。当時、百草丸の増産のため新式の製丸機を導入し、その実生産で培った製丸技術を駆使して製剤化にこぎつけた自社開発の生薬製剤です。
キハダ(生薬名:オウバク)を主成分にしています。この苦味健胃薬のオウバク末に体を温めて血流を促す生薬のセンキュウ末、トウキ末を配合し、芳香性健胃薬のガジュツ末、ケイヒ末、ショウキョウ末、ウイキョウ末を配合しています。
この「普導丸」に配合の7種類の生薬の処方はその配合量も含めて漢方的理論に基づく処方というよりは「民間伝承薬」として位置づけています。
PSJ日本薬学会のネット記事によりますと「漢方処方は複数の構成生薬の全てが同じ重要性を持っているわけではなく、中心となる重要生薬と、その作用を補助し中心生薬が十分薬効を発揮できるようにする生薬で構成されている。この役割を君臣佐使(くんしんさし)といい、中心生薬を君薬、君薬の作用を補助し、強める生薬を臣薬、君臣薬の効能を調節するのが佐薬、君臣佐薬を補助し、服用しやすくするが使薬・・・」とあります。
「普導丸」の場合、中心生薬は配合量の最も多いオウバク末ですが、効能の視点からは婦人病の要薬のセンキュウ末、トウキ末とも考えられます。君薬をオウバク末、センキュウ末、トウキ末とし、臣佐使薬をガジュツ末、ケイヒ末、ショウキョウ末、ウイキョウ末とすることも考えられなくもありませんが、明確に説明することができません。
また、漢方では体質や体力などの個人差をあらわす「証(しょう)」という漢方薬を決定する上での指標となる重要な判断基準がありますが、「普導丸」は、「証」という概念がなく、どのような体質や体力の方にでも服用していただけます。
よって、当社では「百草」「百草丸」の流れをくむ「民間伝承薬」としています。
胃腸を整える・血行を促す・身体を温める作用のある生薬を程よく組み合わせており、めまい、乗り物酔い、吐き気などをスーッと取り除いてくれます。「配合の妙」といっても過言ではありません。
生薬は組み合わされ、重なり合うことで、単一の生薬を用いた時よりも穏やかに作用します。天然の生薬には未知のものも含めていろいろな成分が含まれていて多面的に作用します。普導丸は体本来の自然治癒力を補いながら体調バランスを整え、多くの不快な症状を軽減させてくれます。日常の健康管理や不快な症状の予防にお役立てください。
【百草錠】
「百草錠」は、百草のよさをそのままに、百草の飲みにくさの克服のために錠剤化し、2016年(平成28年)に発売を開始した生薬製剤です。効能効果も「百草」と同じであることから、「百草」と同様に「民間伝承薬」としています。
【今後の店舗展開について】
「日野百草本舗奈良井店」では「百草」「百草丸」「普導丸」をはじめ数々の自社品、自社PB品を販売いたしますが、従来と同様「百草錠」「便秘薬」「風邪薬」「目薬」等々の医薬品は、注文を承り、本社にて配達または発送させていただきます。
さて、これまでの「日野百草本舗奈良井店」と大きく異なりますのは、天然物である貴重なキハダを余すことなく活かして薬以外の商品を開発し、展示、販売していくことです。
葉は「キハダ薬膳茶」にしたり、実から抽出した精油をお香にしたり、材木を皿に加工したり、またオウバクエキスを搾取した残渣を染料として用いたショールにしたりと、キハダを用いた様々な商品を開発し、販売してまいります。
2024年3月15日から本格的に「キハダプロジェクト」が稼働しています。本プロジェクトでは、キハダの良さを丸ごと活かして新たな価値を創造し、健やかな暮らしに寄り添い、木曽地域ならではの伝統を継承することと合わせて人々の和を広げてまいります。
ゆっくりおくつろぎいただけるよう、古い住居の一角も改修し、飲み物やアイスクリームなどをお召し上がりいただけるスペースもご用意いたしました。
皆様におかれましては「日野百草本舗奈良井店」にお立ち寄りくださいますよう、お願い申し上げます。
暑い毎日ですが、お健やかにお過ごしくださいますようお祈りいたしております。
日野製薬株式会社
製造部品質管理担当:井原多壽子