生薬の話
北海道へキハダを求めて
猛暑の日々が続いております。皆様いかがお過ごしでしょうか?
御嶽山では夏山シーズンが本格的にはじまり、今年も多くの登拝、登山のお客様がお越しになられています。お山の賑わいは私どもにとってうれしく、今年もこの時が来た、と弾むような気持ちで、御嶽山麓の店舗でお客様をお迎えしております。お山へ登られる全ての方々のご安全とご無事を願いながら、今年も弊社では夏を過ごしてまいります。
さて、先日キハダの生育する山林を見学するため、北海道へ行ってまいりました。
キハダは日本全国に分布し、北海道においても天然で生育します。キハダは北海道ではシコロ、シケレベ等の名前で呼ばれ、古くから人々の暮らしの身近にあります。弊社では、百草、百草丸などの薬づくりを安定的に行うため、日本各地より、キハダの樹皮である生薬オウバクを求めるよう心掛けています。北海道の生薬オウバクも弊社の薬づくりに欠かすことができません。弊社の古くからのお取引先様がお声をかけてくださり、ご一緒に山林所有事業者様を訪問し、見学させていただくこととなりました。
キハダの天然林の見学
新千歳空港を降り、移動する車窓から見える景色はどこまでも空が続き広大でした。待ち合わせ場所でお会いした山林所有事業者のご担当者様は、過去に弊社にオウバクを納入いただいたことがあり、更に、弊社の本社にも訪問いただいたことのある方でした。当時の懐かしいお話を色々してくださり、大変驚くとともに、再びご縁がつながることを有難く思いました。
キハダの生育する山林は苫小牧川のほとりにありました。青空の美しい夏の日でした。車を降りると、熊が出ますから、と熊鈴、熊撃退スプレー、トランシーバー、マダニ防止のための虫よけスプレー、長靴まで準備してくださっていました。これらを身に着け、山林に入ると、この日は気温が30℃近くまで上昇していましたが、一気に涼しくなりました。川の水の流れが大変に清らかで、天然林の植生が多様性に富み、美しいことが印象的でした。キハダを探して山林の奥地まで進みました。
短い時間の中で、20本以上のキハダを目にすることができました。いずれも川沿い、または、雨が多い時期には川になると思われる水の多い場所に多く生えていました。何より驚いたことは、キハダの周皮(一番外側の皮)がとても分厚いことです。山脈のように隆起してごつごつとしていました。皮を試験的に採取させていただくと、分厚い部分で2cmもの厚みがありました。色も灰褐色で薄く、明らかに私達が日頃目にするキハダと異なります。皮の厚みは北海道の寒さに対応するためでしょうか。北海道のキハダは、種類またはDNA系統が異なると聞いたことがあります。今後これについて調査を深めていくことが出来ると良いと思います。
また周皮を除いた樹皮である生薬オウバク(内側の皮)は、鮮明な美しい黄色をしていました。立木のまま7cm×7cmほど切らせていただき、木に申し訳ないと思いつつの採取でしたが、やはりキハダの黄色は美しいです。皮をむいた部分はキハダ特有の香り、そして、材の部分には独特のぬめりがありました。その後持ち帰り乾燥させると、黄色の色合いが落ち着き、薄い黄色となりました。今後生薬オウバクの有効成分であるベルベリン塩化物の含量を測定させていただく予定です。
北海道のキハダについて
ところで、北海道のオウバクは一般的にベルベリン塩化物含量が低い傾向にあります。これは日本のみならず中国大陸でも同様の傾向を示し、北の方のオウバクは一般的にベルベリン塩化物含量が低く、粘性が強い傾向にあります。一方、南の方のオウバクは一般的にベルベリン塩化物含量が高く、粘性は低い傾向を示します。同じ地域でも個体差はあります。しかし温湿度、土壌、水の有無、日照条件など様々なことが影響していると思います。ベルベリン塩化物含量が高い方が良いオウバクのように認識してしまいがちですが、製剤の観点から行くと一概にそうとも言えません。安定した製剤を行うためには、様々なベルベリン塩化物含量のオウバクが必要です。また百草のように板状、または百草丸のように丸剤とするために、粘性が強い方が延ばしやすさ、丸めやすさに良い影響をもたらし、製造効率が向上することもらいます。様々な特性の組み合わせによってはじめて良質な製品に至るのが、天然の生薬を用いた薬づくりの良いところ、そして奥深いところではないかと思います。美しい天然林の中を歩き続け、様々なキハダと出会い、素晴らしい時を過ごさせていただきました。心より感謝しております。
もう一つのうれしい出会い
今回の北海道行きでは、もう一つキハダについてうれしい出来事がありました。
弊社には、北海道にキハダの植樹をお願いさせていただいている事業者様があります。そのキハダの生育状況を拝見するため、植樹地を訪問させていただきました。夕方の遅い時間にもかかわらず、待ち合わせ場所にニコニコした笑顔でお越しいただいた現地所長の方、そしてご担当の方との久しぶりの再会に、とても懐かしく、うれしくなりました。そしてご一緒に植樹地を訪問すると、何と、とても大きく成長したキハダが!中には昨年植樹いただいたばかりにも関わらず、樹高が2.5mを超える大きなキハダがあり大変驚きました。弊社がここ数年の間に様々な場所で植樹させていただいたキハダのどれよりも、大きく成長しています。キハダは陽樹であり日当たりが良く、水の多い環境を好みます。これらのこと、更に肥沃な土壌が、キハダの生育に適しているのかもしれません。上を向いて大きく育つキハダに感動しました。
その場で、施肥のこと、枝分かれの対応のことなど、様々なご相談を行いました。事業者の皆様が、本当に一生懸命キハダを見守り、育てていただいていることが伝わり心打たれました。遠い北海道の地で、キハダを大切に思い育てていただいている方々がいらっしゃることが心強く、本当に有難く思いました。心を込めて育てていただいているからこそ、こんなに大きく成長したのではないかと思います。北海道の地にキハダの植樹を開始するにあたって、お世話になりご尽力いただいたお一人お一人の顔が目に浮かび、とても温かくうれしい気持ちとなりました。
最後に
帰りの道中、大変美しい夕焼けが広がっていました。アイヌの人々は自然のあらゆるものに魂が宿り、自然の中の植物や動物、火や水など全てを神としていたと聞いたことがあります。どこまでも広がる美しい夕焼けに、神が宿ると感じざるを得ないと思いました。キハダのもたらしてくれる素晴らしいご縁が心から有難く、いつまでも夕焼けを見続けました。素晴らしい北海道でのご縁に感謝しております。
日野製薬株式会社
代表取締役社長 石黒和佳子