石黒和佳子社長ブログ

キハダ皮むき~薬色同源を知る~

hino_blog_250701_kihada_kaida1.jpg(キハダ皮むき~薬色同源を知る~)

 2025年6月27日、今年初めてのキハダ皮むきを木曽の開田高原で行いました。開田高原は、御嶽山の麓、標高1100~1400mの場所に位置します。木曽谷の中でも標高が高く、雄大な自然の広がる高原は大変美しく、別天地のようなところです。キハダ皮むきは、末川ほとりのキハダ生育地で実施させていただきました。このキハダは、弊社創業者 日野文平の時代に、苗木を配布していたものを、現所有者の方が購入し、植樹いただき、大きく成長したものです。弊社がキハダを探していることをご存知の方が、所有者の方をご紹介してくださり、お譲りいただけることになったものです。大変有難いご縁に感謝しております。

  

 さて、今回のキハダ皮むきには、日本古来の天然原料を用いた染織に携わられる方々、文化財の保存・修復や調査研究に携わられる方々にご参加いただきました。キハダの周皮を除いた樹皮であるオウバクは、鮮明な黄色を呈し、古くから生薬としてのみならず、染料としても用いられてきました。キハダの植生や生育環境を知り、キハダ皮むきの一連の作業をご覧になり、実際に自らご体験されるためお越しになられました。

キハダ皮むきの様子

 キハダの木を伐り寝かせるところから作業を開始しました。そして玉切りした丸太に筋目を入れ、皮むき方法をご紹介しました。この際内側の樹皮が見え、その鮮明な黄色に、参加された皆様は大変驚かれたようでした。その後、思い思いの丸太をお選びいただき、実際に皮むきを体験いただきました。みずみずしく、光り輝く美しい黄色と、神々しい白色の材に、感嘆の声が上がりました。こんなに黄色なのですね、シューっという音が気持ちよい、等、様々なお声が聞かれました。

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 今回のキハダは、事前下見では雄の木と認識していましたが、当日、実が生っている様子が見え、雌の木であることが判明しました。キハダは雌雄異株(雄の木と雌の木がある)で、2年に1度程度しか実がなりません。通常、雌の木はなるべく残すようにしていますが、所有者の方がいずれ全てのキハダを伐ることを希望されていることもあり、今回はそのまま伐らせていただくこととしました。寝かせた後の木には実が多数生っており、この採取も、皮むきを終えた後に皆様に体験していただきました。

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貴重な意見交換と気づき

 皮むき前には弊社本社へお越しいただき、皆様と意見交換をさせていただく貴重な機会をいただきました。また、昼食や移動時、皮むき後においても、様々なお話をお聞かせいただき、多くの気づきをいただきました。

  

◎色と薬は同根である

 染料、生薬には、同じ植物が用いられることが多くあります。キハダ(オウバク)以外にも、紅花、ウコン、蓼藍などが挙げられます。古くは、健康を保つために、色が用いられていたこともあるそうです。五行思想において、五色は青、赤、黄、白、黒ですが、五臓である肝、心、脾、肺、腎のうち、脾は消化吸収を司り、黄色で表されます。一方で胃腸の不調に使われる生薬は、オウバク、ウコン、オウゴンなど黄色いものが多くあります。このようなお話を伺っても、色と薬の深い関係を感じます。

  

◎100%判明していない

 生薬オウバクの有効成分は、ベルベリン塩化物です。それ以外にパルマチン、マグノフロリンなど様々な成分が含まれています。しかし特定されている成分は、オウバク全体の数%にしか満たないと言われています。その他の成分は何なのか判明していません。しかしその判明していない成分も含めた全体が、オウバクの作用に重要な役割を果たしています。自然のものの奥深さを感じながら薬づくりを行っていることを、弊社よりお話申し上げると、これに多くの皆様が共感し、ご自身の染織における実体験をお話くださいました。自然のものを目前にしたときに、人の分かる範囲は限定されており、目に見えるものと同様に、目に見えないものを大切にして、ものづくりにあたらなくてはならないことを、ともに共有させていただいたと感じました。

  

◎天然原料を用いたものづくりの難しさ

 染織においても薬づくりにおいても、天然原料を用いたものづくりは、年々困難さが増していることを改めて認識しました。何より原料の入手が難しくなっています。キハダ(オウバク)のみならず国内産の生薬全体において、栽培農家が減少し、林業従事者の高齢化も進んでいます。染織に必要な蓼藍、紫根、櫨などの原料についても、生産者の高齢化、減少が進んでいるそうです。あとお一人、一軒しか栽培・加工する事業者が残っていない染料もあると伺い、何かできることはないものかと考えあぐねています。

  

◎褪色の美しさを文化とする

 天然の染料により染められた色は、当初は光り輝くように鮮やかであっても、時の経過とともに落ち着き、褪色が進みます。しかしそれもまた美しく、得難い味わい深さがあります。産業革命以降、化学染料による染色が一般化し、より安く早く大量に同じ色のものがつくられ、その色が一定の規格範囲内で変わらないことが良しとされてきました。それはそれで、忙しい現代社会において便利・効率的で欠かせないものとなっています。しかし、自然や季節の移ろいと同様に、変わりゆく様そのものを楽しむことも、今この時代だから大切にすべきではないか、日本人は古くからそのような感性、価値観を持ち合わせてきたのではないか、改めてそのような文化を醸成・世界に向けて発信していくべきではないか、との意見交換も行いました。

 生薬製剤の世界も同様であると感じます。季節の変化や加齢に伴う日常の軽度な不調について、自らの身体の声を聞き、自ら手当てする知恵や知識を持ち合わせておきたいものです。この時に天然の生薬を用いた薬は大変心強いものです。日本には先人から連綿と伝わる民間薬・漢方薬の文化があります。変わりゆく自らの体をありのままに受け入れ、不調に向き合い、より健やかな毎日を送るための先人の知恵を、今の時代だからこそ大切にし、未来へつなげていかなくてはならないと感じます。

木曽の郷土食や暮らしの文化

 昼食をいただいた木祖村の蕎麦屋「志めと」では「キハダ餅」を出してくださいました。「キハダ餅」はキハダの実を用いた餅で、木祖村の古くからの食文化です。キハダの何かの集まりがあるのだろうと思い、特別に準備してくださった蕎麦屋のご主人と奥様のお気持ちがとてもうれしく感じました。

 また、キハダ皮むき後には、開田高原から御嶽山の良く見える場所をご案内し、開田高原郷土館にも行きました。長野県の選択無形民俗文化財となった麻織り技法の写真などをご覧いただきました。

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キハダ皮むきを通して

 キハダの光り輝くような美しい鮮明な黄色は、キハダ皮むきの時にしか見ることができません。皮むき後に30分ほど天日干ししているだけで、樹皮表面の黄色は落ち着き、いずれ時間の経過とともに茶色みを帯びました。その皮をむいたばかりの美しい黄色、そして、その後刻々と変化を遂げるキハダの様子を皆様と共有できましたことは、大変有難いことでした。

  

 今回、参加者の皆様から、木曽のキハダは、黄色の染料として大変良質であるとのお言葉をいただきました。江戸時代の本草学研究書「本草綱目啓蒙」には、木曽のキハダは良質であるとの記載があります。実際、胃腸薬の「百草」が現代に伝わるのは、木曽に良質なキハダが生育していたためと考えられます。しかし、このことを、第一線で染織に携わられる皆様が口にしてくださったことはうれしく励みになることでした。

  

 更に、今回のキハダ皮むきを通して「今回のキハダ皮むきを通し内皮のパワーを感じ、木曽の黄蘗を染料として使うことで素晴らしい色が染まると実感した」「これまで何気なく煮出していたキハダの生きた鮮色を前にして、木曽の土地の自然の力を感じ入り、無駄なく使い染めなくてはいけないと身が引き締まる思いがする」等のコメントをいただきました。弊社でも、生薬製剤づくりに従事するものとして、原料を知らずして良質な薬づくりを行うことはできないと感じています。キハダ皮むきを行うようになってはじめて、キハダの貴重さ、つい先ほどまで生きていたものを使わせていただくことの有難み、自然のものに同じものは一つもないことの実感、そしてそれを大切に取り扱わなくてはならないとの思いがあふれるようになりました。今後キハダがいかに潤沢に採れたとしても、キハダ皮むきは毎年社員一人ひとりが自らの手で実施しなくてはならないと考えています。今回ご参加の方々と、現地現場の精神、自然の恵みの大切さそのものを共有させていただいたようで、大変うれしく、有難く感じました。

  

 最後に、染織に携わる皆様の熱き思いに触れ、私どももキハダを用いた薬づくり、そしてこのためのキハダの植樹、保育、採取に邁進しようとの新たな大きな力をいただきました。薬と色は古くから同じ源であり、先人の優れた感覚、経験や技の凝縮であるこれらのものを絶やすことなく未来へつないでいかなくてはならないとの思いを新たにしました。薬食同源ならぬ、薬色同源です。業界を越えて、同じ悩みと思いを共有しながら歩む方々とののつながりができ、大変有難い機会をいただきましたこと、心から感謝しております。

  

日野製薬株式会社

代表取締役社長 石黒和佳子


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