日々の出来事
一里塚跡に案内板の設置
一里塚の目印機能の復元のために、2011年に5か所、2012年に5か所の一里塚跡に石碑を設置しました。木曽に住む子供たちに地域に残っている遺産に関心を持ってもらおうと考え、石碑に刻む「地名 一里塚跡」の文字を子供たちに書いてもらい、最優秀作品と作者名を石碑に刻みました。
2013年度から由来や地域の特徴などを記述した案内板を設置することにし、案内板の説明文は長文なので毛筆でなく、作文用の原稿用紙に鉛筆ないしはサインペンで地域の中学生に書いてもらいました。今の印刷技術を使うと、案内板の説明文として問題なく使えます。
2013年度に鳥居峠と吉田、今年度は押込と宮ノ越の一里塚跡に案内板を設置しました。
押込一里塚は中山道木曽11宿の中の北端にある贄川宿のはずれの桃岡地区にあります。押込一里塚は鉄道と国道19号線敷設で壊されたため、当時の面影は全くなく、国道19号線の傍らの畑となっています。
3月22日(日)の午後一時から押込一里塚跡に設置した案内板のお披露目式をしました。写真に写っている楢川中学校を卒業したばかりの北原真悠さんが書いた説明文が案内板に印刷されています。お披露目には宮原さんのお母さんと、楢川中学校の先生に加わっていただき、北原さんに表彰状と図書カードを渡しました。北原さんは石碑のときも応募し、二等賞でしたが、今回は選ばれて、後世に残る案内板に自分の書いた説明文が記載されたことを大変喜んでいました。
3月24日(火)に宮ノ越一里塚跡に設置した案内板の除幕式をしました。
車で到着したときには、案内板の説明文を書いた山本 世津子さんとお母さん、日義中学校の教頭先生が既にお出でになっていました。写真のように木立のそばにあるので、中山道を歩いて回っている人たちには案内板を読んで、一休みするのに良い場所です。
山本さんは最初は鉛筆書きをしたが、何回か全文を書き直したようです。提出されたのはサインペンで書いた説明文で、力強さがあります。後世に残る案内板なので、お母さんも大変喜んでいました。
石碑の「宮ノ越 一里塚跡」は3年前に日義小学校生徒の海老澤華奈さんが書いた文字です。