縁(えにし)

2014年10月

山々に囲まれた木曽に暮らして、毎日目にしている森林ですが、木曽ならではの特徴があるようです。

最近、信州大学名誉教授 菅原聡先生編集の「森林 日本文化としての」(地人書館出版)の中の菅原聡先生が記述された「長年かけて創られた美林 木曽谷の木曽檜天然林」を読んで、歴史的な経緯を知ることが出来ました。

例えば、木曽の五木として,針葉樹のヒノキ、サワラ、ネズコ、コウヤマ、アスヒがあります。私は、木曽の針葉樹を代表する五つの木であるから、木曽五木と呼ぶようになったと思っていました。ところが、歴史的な由来があったのです。

江戸時代に尾張藩が木曽の森林を保護するために、停止木(ちょうしぼく)という保護政策を取りました。宝永五年(1708)にヒノキ、サワラ、アスヒ、コウヤマの四木が停止木になり、伐採が禁止されました。享保十三年(1728)にネズコが停止木に加えられ、いわゆる「木曽五木」が禁止木となりました。これが木曽五木の由来です。

このような保護政策を取らなければならなくなった背景として、安土桃山時代から江戸時代の初期にかけて、木曽の木材が大坂、江戸、名古屋、駿府などで建材として、大量に伐木され、木曽谷の山林の荒廃が進み、尽山となったことにあります。「木一本首一つ」という厳しい規制をする一方で、停止木以外は、人々の暮らしのために伐採し、薪・炭などの燃料、おひつや弁当箱などの曲げ物、漆器などの日用品、建築用材として利用してきました。この伐採により、木の成長に必要な明るさが確保されたので、停止木が自生し、成木になってできたのが、樹齢二百年を超えるヒノキなどの天然林です。菅原先生は、「木曽檜天然林は木曽谷の自然条件と尾張藩の留山制度・停止木等の林政、および、木曽谷に住む人々の営みとの共同生産物、文化的創造物である。」とおっしゃっています。

伊勢神宮の式年遷宮の造営材は木曽檜が使われています。伊勢神宮の近くに東京都世田谷区と同じ位の広さの宮域林があり、樹齢百年未満のヒノキが生えています。間伐材が造営材として使われているようですが、胸高直径70センチメートル以上の造営材は樹齢二百年以上のヒノキでないといけないので、少なくとも今後百年は木曽檜が式年遷宮の造営材として使われることになります。

1969年に赤沢の木曽檜天然林が「自然休養林」に指定されました。その後、1982年に全国で初めての「森林浴」のイベントが行われてから「森林浴の赤沢自然休養林」として有名になり、多くの人が訪れるようになりました。木曽には赤沢自然休養林以外に、鳥居峠、水木沢天然林、油木美林、木曽御嶽自然休養林、阿寺渓谷、田立の滝など自然の景観を楽しみながら森林浴の散策を楽しめる場所がたくさんあります。

いつもは書き出しで木曽の近況をお知らせしていましたが、9月27日に御嶽山噴火があり、次第にその惨状が明らかになるにつれ、言葉を失いました。

今後復興には時間がかかり、風評被害を含め様々な影響があることが懸念されますが、一方で過去を見直し、未来に向かって改善をする良い機会が来たと感じています。
木曽の豊かな自然と共生しながら、未来に向かって力強く歩む所存です。