縁(えにし)
2005年5月
島崎藤村の「木曾路はすべて山の中である。」の書き出しで始まる「夜明け前」で描写しているように、木曽は山の中にあり、藤村生誕の馬籠宿から北端の桜沢まで車で約二時間かかります。馬籠で桜が開花してから桜前線が桜沢に至るまで約一ヵ月かかるほど広く、場所によって気候も大分違います。当社のある木祖村の冬は零下十五度になる日もあります。雪が解けて春が来るのは四月中旬で、桜が開花するのは四月下旬か五月初旬です。
ようやく暖かくなったので、奈良井の自宅から鳥居峠に向かう中山道を見晴台まで早朝散歩をはじめました。家並みを過ぎると木々に囲まれ、石を敷き詰め整備された山道(信濃路自然歩道)に入ります。谷川のせせらぎと処処啼鳥に耳を傾けながら歩いていくと汗ばんできたころに見晴台につきます。唐松の木々の間から奈良井の家並み、赤松の木々の間から木曽駒ケ岳を見ることができます。江戸時代にはこの道を参勤交代の大名行列、伊勢参り・御嶽参りの講社の人たちなどが行き交っていたのでしょう。長旅の疲れで体調を崩した旅人にとって木曽の「百草」は貴重な薬であったと思います。旅人が常備薬あるいはお土産として持ち帰ったことにより全国に普及しました。
木曽御嶽山は霊峰と呼ばれたように山岳信仰で有名ですが、天明五年(1785年)に覚明行者が黒沢口を、寛政四年(1792年)に普寛行者が王滝口を開いてから、一般の人も登頂・登拝できるようになりました。木曽路に入って中山道から木曽御嶽山を遠望できるところは僅か二箇所です。一つは木曽福島町の元橋交差点近くの神戸部落、もう一箇所は薮原宿と奈良井宿の間の鳥居峠で、いずれも遥拝所があります。鳥居峠の遥拝所の境内には不動明王像や御嶽大権現像がありますが、その台座に日野屋文平の名前が刻まれていることから、御嶽信仰の行者と深いつながりがあったことが窺えます。
薮原宿で旅籠を営むかたわら御嶽信仰の行者から伝承された「百草」の製造販売をしていた日野屋は昭和二十二年(1947)に日野製薬合名会社を設立し、昭和四十二年(1967)三月に株式会社になり、今日に至っています。当社の「百草」は実に約二百年にわたって作り続けられ、お客様からご愛顧をいただいてまいりました。王滝口と黒沢口に売店・休憩所を設け、昭和五十八年(1983)四月に里宮店(黒沢口)、六月に王滝店を開設しました。お立ち寄りいただいたお客様に満足いただく製品・サービスを提供することはもとより、お客様との縁を大切にしていくのが当社の古くからの伝統です。
この四月に新たに奈良井店を開設しました。奈良井には江戸時代の宿場の家並みが残っており、昭和五十三年五月に文部省から「重要伝統的建造物群保存地区」の選定を受けました。奈良井店は江戸時代の薬屋の店構えになっています。奈良井にお越しの折には是非お立ち寄りください。
当社の製品は薬局・ドラッグでも購入することができますが、直接お客様に製品を提供し、ご要望にお応えしてきた伝統を踏襲し、通信販売・ネット販売にも力を注いでいく所存です。
今後ともご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。
代表取締役 井原 正登